のどかさんのスクール体験日記
                   
きものの国に生まれたことを悦び、長年あたためた夢を叶えるべく  
きもの着方スクールにてお稽古中。三人姉妹の二女。独身
フリーライター/プロ
http://homepage2.nifty.com/yamasaki-clinic/Nodoka%20Back.htm      
                                                       

12回目 今一番着たい きものと帯             

 12回目のお稽古が終わった。5月下旬から始まったスクール通いは、単調な日々にリズムをもたらし、新たな自分を知る扉を開いた。この3ヶ月と少々、正直なところ、こんなにのめり込むとは思っていなかった。
 「月1,500円、3ヶ月でできる着方の習得」なんてフレーズ、最初は半信半疑。自分で着られるようになったらいいなと、心のどこかにくすぶっていた年月に比べたら、3ヶ月なんて「あっ」という間。習い事は好きだし、着物は着てみたいし‥‥くらいのノリだった。
 しかし、気がついたら何より夢中になっていた。3ヶ月で袖を通した着物6枚、結んだ帯7本。自分のものもあれば、母のもの、知人からのいただきものなど、お稽古を始めなければ、どこかに眠ったままの絹いろいろ。

 最終回は母の着物と決めていた。自分では決して選ぶはずのない肌色ピンク。いまの私と同じ年代の頃に、頑張って買ったと聞いている。あんなに働いていたのに、入学式や卒業式はいつも着物で来てくれた。私もそんな母親になろうと思った。何も言わないけど、私のスクール通いを喜んでいる母。帰郷する度に、あれこれ持たされた。親離れ、子離れは、とっくに済んでたはずなのに‥‥。

 今日の着物に合いそうな名古屋帯と袋帯、どちらも持参した。教わった手順を思い出しながら、最終仕上げのつもりで念入りに結んだ。先生の指導はいつも通り、厳しくもやさしい。自分ではどうにも極まらない帯締めの納まりの悪さ、同じ向きで手をとって結んで見せてくださる。
 「スクールが終わっても、これで縁が切れるわけではないからね」と、かけてくださった、ありがたいお言葉。親心の無償の愛に似ている。そんな先生だから、クラスのみんなは引き続き通われるそう。
 更なる上達と自信をつけるために、もう1クール習いたい気もするが、私は外に出て恥をかくことで、その先を知りたい。主役は着物ではない。着物を着て何かをする自分だ。

 「美とは魂の純度の探求である」と、故・青山二郎(装幀家、骨董鑑識人)は記している。じたばたしても変えようのない現実より、如何様にも変わってゆけるピュアな魂と、女としての愛らしさを追い続けたい。
 完璧とは言えないけど、なんとか自分で着物を着ることができるようになった。この3ヶ月が、これまで味わうことのなかった上質な時間を運んでくる予感がする。人生は宝さがしだ。


11回目(カリキュラム8回目)  お洒落着と袋帯A 
                            *掲載順序が一部逆になっておりますことをお詫びいたします。

 ぐすん。今日のお稽古の率直な感想。お盆休み明け、久しぶりのお稽古。忘れないようにと思って、昨晩も一人稽古をしたのに、結果は散々。夜間スクールに振り替えていただき、今宵は7名で習う。7人中、着終わったのは7番目。出来映えも今ひとつ。ついでに片付けも超遅い。何やってんだか‥‥。
 やっぱり私は、一所懸命なわりに冴えない子。スクールに通うことと、家で練習することと、夢中になってがんばってる自分が好きなだけ‥‥。え〜ん。

 通算10回目のお稽古なのに、5行も愚痴を書いてしまった。いけません、こんなことでは。忘れないように、今日、先生にいただいたアドバイスを記しておこう。
「帯の1巻き目、2巻き目とも締め方がゆるいね」。
「袋帯は、手先が長かったら、右側に手先を2cm出して、長さ調整は左を内側に織り込むの」。
「お太鼓がふんわり見えるのは、タレ側を背中に持っていった後に、よく開いていないから」。
 一つひとつが、ごもっとも。覚えたてって、よく忘れる。わかってたつもりのことがうまくできない。前に聞いたはずなのに、どうだったかを思い出せない。
 12回のスクールは、残すところあと2回。大丈夫か、ワタシ? あと2回でマスターできるの?

 映画「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」を観て、着物が目に入った。砂かけ婆のふくふくした着物と、市松模様の帯の組み合わせ。乱れた裾から覗く襦袢の色。「やっぱり強いインパクトのある帯は無地に合わせるのね‥‥」。
 「ボストン美術館 浮世絵 名画展」でも然り。今から250年ほど前に鈴木春信によって描かれた錦絵の着物に見入る。当時のお金持ちのお嬢さんは、何と5枚重ねで着物を着ているではないか‥‥江戸時代後期に活躍した歌川国芳の花魁も5枚重ね。ほかは3〜4枚重ねなのに、春信と国芳はそういう女性と知り合うくらい裕福だったということ? 花魁はなぜ、帯の蝶結びを前においたの? 浮世絵の女性たちにはなぜ、おはしょりが無いの? う〜ん、以前は思いも及ばなかったはずのことにばかり目がいく昨今。着る技術は今三歩でも、頭の中は着物でいっぱい。


10回目(カリキュラム10回目)  訪問着と袋帯 重ね衿

 大真面目に、カリキュラムは残すところあと2つ。いつもより念入りに、準備を整えた。たったの1枚だけ持っている「訪問着」のつもりで持参した蒼いキモノは「付け下げ」だった。母が「二十歳のお祝いに」と奮発してくれた一式。人様の結婚披露宴に何度か着せてもらって、「袖が長いから今の私には‥‥」と仕舞い込んでいたキモノ。
 前回の選択ミスがあったから「これで練習してもいいですか?」と、取りかかる前に先生に訊ねる。「う〜ん‥‥」と言われたときの用心に、無難な1枚も持参していた。小心者なのだ。
 すると「あらぁ〜、いいじゃない」と先生の弾む声。先生は「手描きの着物だし、いい生地よ。袖が一尺五寸あるから、一尺三寸に短くしたらいいね。八掛けも赤から替えて‥‥今のあなたが着ていいよ」と、甦らせる術を説いてくださった。
 よかった。これで今日のお稽古、がんばれる。ませたハタチの選択に、ようやっと歳が追いついた?

 ホテルの和室で、本日たったの3人で習う。いつもの顔ぶれのお稽古は、なんだか心にやさしい。長襦袢、着物、袋帯、帯締め、帯揚げ、順々に身にまとう。これまで習ってきた1コ1コの手順を思い出しながら、着姿を鏡で確認しながら。
 今日の注意事項は「半分に折った衿は、下にいくにつれて徐々に広くなるように」。「2本目のゴムベルトを2段に締めると、その間で調整しておはしょりをまっすぐにできますよ」。「帯枕を帯にのせてから、左右に動かしたら駄目でしょう」。「タレが短か過ぎ」。「タレが長過ぎ」。心の中で「はい、ありがとうございます」と手を合わせる。先生からいただく注意を、一つ残さず覚えていよう。

 衿を正す、背筋を伸ばす、三つ指ついて、折り目正しく、君が袖振る、‥‥着物まわりの言葉って心地いい。着物という日常と共に生きてきた民族が生み出して、今なお使い続けられている言葉。
 伸ばしかけの髪もようやく上がるようになってきた。ひとえの月が終わったら、着物姿で街に出よう。人の視線に耐えられるだけの品性ある立ち居振舞いを心がけながら‥‥。いくつもの想いを胸に、女性たちは着物に袖を通す。



9回目(カリキュラム9回目)  お洒落着と袋帯B

女性の下着について話したことがある。ある人が云った。「やっぱり、女性の下着は白でしょう」と。「えー、中学生じゃあるまいに‥‥」と即、反論。「もしかして、ロリコンですか?」心の中でつぶやいた。私はわかっていなかった。

 きもの着方スクールでは、着物用の下着に着替えるところからお稽古が始まる。最初の頃は、三つ指ついて先生に挨拶をすることから始まっていたが、回が進むと共に、早く来た人からどんどん着替え始めて、長襦袢まで身に着けたところで「待つ」のである。
 「花嫁スリップ」という名前がキライだから「和装スリップ」と表記するが、その和装スリップは白。上身頃は綿100%、下身頃はキュプラ100%でできている。和装ブラジャーは白で、補正着も白い綿生地、腰パットに至っても同じく綿素材。お稽古の白足袋を履くと、上から下まで真っ白なのだ。習い始めの頃は「まるで、お遍路さんに行くみたい」な〜んて笑っていたが、何回目かで気付いた。
 「キュプラ100%の下身頃に、ショーツの色が透けてるやん‥‥」果たして、あの人は、このことを知っているに違いない。

 振り替えで習った昨夜に続き、今日は朝稽古。2日連続のお稽古は、夏期集中講座を受けているみたいで、より充実した練習ができた気がする。おまけに所用で来られない人がいて、結局、私とKさんだけ。たった2人で先生に稽古を付けていただくことができた。超、ラッキー!
 いつもなら4〜6人を相手に見てくださる先生の眼が、覚えたての2人に集中する。裾の「横線少々右上がり」や、「上前の隠れる部分は、両手で斜めにピーンと引っ張って」など、おそらく聞いていたはずの記憶モレを再認識することに。
 前回と異なる名古屋帯はポイント柄ではないから、お太鼓が昨日よりつくりやすい。紐3本と右手、左手を駆使して、うにゅうにゅしながらも出来上がる。ピース!
 30分前。「さぁ、帯をほどいてあと1回」と声が響く。Kさんが「帯を替えませんか?」と申し出てくださり、富士山柄の帯をお借りする。「この帯、もしかして私の着物に合う‥‥」といった新たな発見も。

 
お稽古時間終了。私服に着替え、片付けをする。きっと、先生にしか見えていないと思うけど、ショーツの焦茶色が気になって仕方ない。まずった。次から、お稽古の日は白にしよう。やっぱし、あの人の言ったことは正解だった。


8回目(カリキュラム7回目)  お洒落着と袋帯@

立秋を過ぎたというのに、なお暑い。街行く人並に着物姿を見かけると、つい立ち止まって見入ってしまう。白っぽい夏着物、透け感のある薄物、なんてお洒落なんだろう。いいなぁ、夏の着物。着ている方はたいてい50代以上の女性とお見受けする。若くして夏に着物を着ていたら、さぞや眩しく見えるだろうなぁ‥‥。ゆかたではなく夏着物、う〜ん、来年はがんばってみようかな。

 全国で人口あたり2番目に着物需要が高いと言われる長崎に行った。秋の衣替えの頃に「長崎くんち」があるから、くんち前とくんち後に、長崎の人は違う着物を着るのだとか。それもすごい。長崎に育つと、着物文化が自ずと身に付くかも?
 いろいろ期待してたけど、立秋の頃の長崎に着物姿は見かけなかった。「風が止まると、より暑い」長崎だから? どこへ行っても、着物のことが気になって仕方ない。
 袋帯の初日、振り替えで夜のクラスに初参加させていただく。いつもと違う顔ぶれに混じって、お稽古開始。なんだか午前のクラスより、ピリッとした感じ。タイトな時間にテンポよく先生の指導が進む。
 袋帯は名古屋帯と異なり、帯を自分で手先から半分に折って、胴に巻く。結んだ実感は「名古屋帯より長い」。長いから背中でもたつく。もたつく箇所をきちんと整えようとするが、なんだか手がうまく動かせない。カガミを見ると左右、手前がよけいわからなくなる。要は勘なのだ。
 見なくてもタテのラインを整える。見なくてもタレの位置が決められる。見なくても帯枕が背に留まる。そういうことがスルッと出来たらすごいよね。カッコいいよ。だって、もしも帯をとかれるようなことがあったとしても、自分で元通りに着られるのだもの。。。はぁ〜、夏、全開。
 講義では、身だしなみと立ち居振る舞いについて習う。清潔感と美しい仕草が大切とのこと。ついでに「恥じらい」と「適度なスキ(隙)」を、付け加えておきたい。
♪いのち短し 恋せよ少女(おとめ) 朱き唇 褪せぬ間に


7回目(カリキュラム11回目)  ゆかたと半幅帯

 「女の子はね、いくつになっても可愛いの」と言われ、心がはずんだ。深紅色に白うさぎが跳ねるゆかた、いくらなんでも若過ぎると躊躇していた私の背を押した台詞。いい歳した女を相手に「女の子」「可愛い」などの単語が魔法をかける。

 久々のスクール。着方を忘れないように、忘れないようにと家で練習していたけれど、たいそう不安。「次はゆかたのお稽古です」と連絡をいただいた。季節に合わせ、カリキュラムが変更になる。
 深紅色のゆかたと黄色い帯を持参。ほかの生徒さんは、紺のしぼりや、紫陽花柄、白地にグリーン、渋赤の博多帯、赤とシルバーの縞々帯などを持ってこられていた。みんな、なんとなく恥ずかしそう。

 着物の下ごしらえと同じように、和装スリップ、補正着、腰パットを着ける。こうすると着姿がキレイな上に、着くずれしにくいのだとか。伊達締め、ゆかた、ゴムベルト、和装締め、帯板の順に下地が出来上がる。そして帯。

 ゆかたの帯に、ためらいがある。16〜17歳の頃、アルバイト料で買ったゆかた。着方がわからないなりに本を見てがんばった。しかし、帯を結べない。当時の彼が手伝ってくれた。でも、うまくいかない。とうとう彼のお母さんにも手伝ってもらった。なんとか着て会場に行ったけど、その場で私は浮いていた。「ゆかたなんて、もう着ない」と心に誓った。レモン味の切ない思い出。

 帯結び。先生の横に一列になって、みんなで同時に結んだ。蝶ちょがふんわり、変わり結びも数種類。長さがちょっと足りなかったけど貝が口をパクパク、ゆかたの帯って意外とカンタン? スクール6回と先生のおかげである。
 姿見に映ったゆかた姿の自分は、果てしなく若作り。どこかに置き忘れた夏が、微笑みかけている気がした。
 「浴衣ってしょせん湯上がり着でしょ。私は外でなんか着ない」と頑なに思っていた。近くの花火大会を毎年マンションの渡り廊下から眺めているけれど、今年はゆかたで見物しようかな。な〜んて‥‥



6回目  小紋と名古屋帯A

 「みんなで女前になろうよ!」果たして女前という言葉が在るのか無いのか定かではないが、男前に対して女前。お稽古の最後に、私はみんなに呼びかけた。
 12回コースの6回目って、もう半分に届いてしまった。本日は名古屋帯を結ぶ最終回。帯結びが少しわかるようになって、みんなの心にも、きっと「着物を美しく着こなすワタシ」のイメージはあるはずで‥‥。スクールに通う前に聞いた「背筋をピンと伸ばし、着物の裾を蹴るように颯爽と歩く」姿も描かずにはいられない。

 先生から「昔の着物と昔の帯を合わせるのではなく、どちらかに昔のものを使ったら、それ以外を今風のもので合わせると、今っぽいお洒落になるのよ」とコーディネートの話しをお聞きする。母の着物、Kさんからいただいた着物、私はお洒落に着てみたい。同じクラスには、お母さまの形見の着物を愛おしむように練習されているご婦人もいらっしゃるし‥‥。着物って、思い出と未来をつなぐ「今」の自分かもしれない。もっと早く習っていたら、今の自分は違ってた?

 「ほらほら、長襦袢の襟合わせはノドのくぼみの下にくるように」「コーリンベルトの左右の高さが合ってないでしょう」「右前のタルミは三角に折って帯の下にくるところは一重に」。今まで習ったことなのに、やっぱり同じように注意され、そこに先生の手が加わることで、たちまちペキッと整う。
 そして、帯。「名古屋帯は今日までだから」と、いつもと違う帯を持参した。家でやっても上手くいかなかった朱×焦げ茶のやわらかい帯で練習開始。どうしても思い出せなかった仮り紐4本使い。帯の真ん中、上部、真ん中、帯の下と、結びながら解きながら、名古屋帯のお太鼓が出来上がる。
 「帯の下の線を帯板の下に揃えながら巻いて、帯の後ろで三角に折って、その上に重ねるように、タテの位置を揃えて、右手を輪の内側に入れて左手の て先を迎えにいきましょう」急がず一つひとつ整えながら仕上げていくのが、美しい仕上がりの秘訣と聞く。
 「11時15分だから、あと1回、結べますね。さぁ、帯ほどいて、もう1回」。せっかく結んだ帯だけど、上達のためには繰り返し練習あるのみ。携帯の写メ、今日は誰に送ろうか‥‥



5回目  小紋と名古屋帯@

 「畳でのお稽古は、ひざが隠れる丈のスカートで」裏千家のお点前を習った頃に、暗黙の空気として身に着けた礼儀。畳の間で習う「きもの着方スクール」の日、脱ぐとわかっているけど、私はスカートをはく。
 梅雨。降り止まぬ雨の中、お稽古バッグが一段と重い。相合い傘がしたくて買った男物の傘は、この日のためにあったのだ。

 骨折のハンディーをカバーしようと、今日もスクール一番乗り。みんなが来る前に足袋をはき、着物や帯、小道具類をそろえる。「家でどうしても思い出せなかった名古屋帯の結び方を、今日こそ覚える」が、本日の目標。
 「一所懸命なわりに冴えない子」っているけれど、正に自分がそれ。昔っから、何事もがんばり屋のわりにパッとしない。器量も十人並みなら、習いごとだって何をやっても十人並み。剣道は一度も勝てなかったし、裏千家は失恋のショックから3ヶ月で挫折、英会話は入門編に3回も通って、先生から「もう来なくていい」と言われたし‥‥。過去を嘆いても仕方ない。着物だけは別。自分でちゃんと着られるようになりたいの!

 で、帯。輪が下。て先を5cm外向きに折ってクリップで留め、帯板の下部分に添うように手を添えながら自分がくるくる回って、左前をもう1個のクリップで留める。て先を右後ろまで引出し、上に上げて形を整え、内側に斜め三角に折って前に持っていき、最初のクリップで留める。右っ側の帯を開いて後ろに持っていき、仮紐を帯の上部に結んで後ろ側の帯を下におろし、左右を整え‥‥と、文字で伝わるはずがない。とほほ、実は言われるままに追いかけるのが精一杯で、この先メモがない。
 忘れる前に今夜おさらいしようと思うけど、困った。この先をうまく結べる自信がない。先生は「仮紐4本を使って結ぶこの結び方は、初心者でも形がキレイにできます。私は自信を持っています」とおっしゃっていた。早く自力で結べるようになりたいよ。
 それにしても、帯締めを結ぶあの練習。みんなで円陣を組んで右足を一歩前に出し、エイッと声まで出してギュウッと結ぶあの光景。これから討ち入りでもするみたいでおかしかった。お稽古5回目。先生とお教室のみんなのことが、どんどん好きになる。がんばろう、っと。


4回目  紬と名古屋帯の復習


 男と女はいくつもの丘を越えていく。讃えよ、わが春を。
〜映画「丘を越えて」を観た。舞台は昭和のはじめ、菊池寛(西田敏行)と私設秘書・細川葉子(池脇千鶴)の心もようを描いた映画。自動車や洋服や、女性が仕事をすることが珍しかった、モダンの時代。
 当時は着物がふだん着で、洋服はモダンの象徴。大正生まれの主人公・葉子は、お勤めに出るとき帽子までコーディネートした洋服をキリリと着こなす。しかし、家ではゆるい着物姿。どちらも似合うのだ。

 昭和83年、今や洋服を着た人を「モダン」とは誰も言わない。着物姿のほうが、ずっと小粋に見えるはず。その世界に、足を踏み入れようとしている自分を感じた。着物をまとっていれば、現代の菊池寛に巡り会えるかもしれない‥‥。

 お稽古4回目、理想と現実のギャップは大きい。家で練習したことは、かなりいい加減だったと認識する。和装締めは着物ではなく、長襦袢を留めるものだったし、ウエストベルトは長襦袢と着物にそれぞれ1本ずつ使うもの。習っているときはわかっているような気がしても、家での独り稽古はインチキだらけ。大丈夫か、ワタシ?
 4回目のヤマは、名古屋帯を結ぶこと。骨折からちょうど1週間目の左手親指が、軽妙な帯結びの足を引っ張る。鏡を見ると???になるから、手をすべらせながらの感覚で「まっすぐ」「そろえる」のだそう。とほほ、力が中途半端にしか入らない。帯枕を帯揚げでくるんで、帯ごとヨイッと背負う。
 「て先」やら「たれ」やら、今日も新語が登場。いちいち言葉に反応するのは、私だけ? 京野菜がポイント柄の名古屋帯、もしかすると、それっぽくなってるかも!? さすが、先生! すご〜い!

 家でおさらいする気はあるけれど、チンプンカンになる自信満々。私たちの先生の本があればと念願しつつ、夕方、本屋さんへ。着物関係の本を物色した挙げ句、気になる1冊を求めた。帯が結べるようになりますように‥‥。


3回目  紬のきものと名古屋帯

♪ ぼくの髪が肩までのびて〜 と拓郎が歌ったのを、リバイバルで聴いた世代。伸ばし始めた髪がうっとうしくなると、脳裏にリフレインする名曲だ。
 結ぶに足りず、切るにしのびない。「着物の着方を習いに行こう」と決めた頃から、毛先を切りそろえるだけに留めガマンの日々。目指すは「う・な・じ」。同じ教室の「アップで小顔」のお嬢さんがうらやましいよ。

 3回目のお稽古前日、夜中にひっそりおさらいをした。ウエストベルト2本、コーリン和装締め1本、あなたたちの存在が私には謎と化していた。紬の着物をとりあえず紐で縛るところまで、ぶくぶくに着てみたのであった。
 お稽古日、いつもより早くお教室に行くも、先生は既にスタンバイされていた。ご挨拶のあと、インナーを寸胴に補正し、長襦袢を羽織る。ここまでは、隣近所を見て難なく到達。問題は、このあと。謎のゴムひも+コーリンベルトを、どこにどう活用するか、必死なのは私ばかりではなさそうだ。
 「ゴムがゆるいわね」バチッとウエストベルト(和装締め)を引っ張って、今日の中林先生は絶好調。できない生徒を見回る眼差しは、厳しくもやさしい。3回目ともなれば、親切とも違う、丁寧とは言い難い。そう、6人を相手に的確にツボを押さえたアドバイスが為されている。落ちこぼれを出さない、でも、かまいすぎない指導。それに付いて行こうと、習う側の真剣度は高い。
 生徒同士、隣同士、いつしか教え合い、かばい合って、本日は名古屋帯を着物の外に巻くところまで進んだ。帯だよ、帯。まだちゃんと結べたわけでもないのに、もう、外にお出かけしたそうな面々。なんとも気が早い。‥‥練習しよう。来週までにせめて2回、帯のさわりまでやってみよう。

 7月初めに帯の勉強会があると聞く。自分でちゃんと着ることができるようになったら、着物も帯も「自分へのご褒美」ね。‥‥って、まだ着れもしないのに。お教室の12回を終える頃には髪も上がるようになって、秋には着物デビュー、と自分を励ます日々である。


2回目  補整の見直しときものの着方

 「よかったら練習用にこれを着て」と、青い縦縞の紬を渡されたのは1月の終わり。やっと日の目を見るべく、袖を通させていただいた。
 2回目のお稽古は、まずボディラインの補正から。寄せて上げる、ギュウギュウ縛る、ツンと持ち上げながら引き締める、などの息苦しいくだんの補正とは異なり、いかにずんどうにするかが、着物を美しく着るための必須条件。
 ここで、和装ブラジャー、補正着、腰パットが役に立つ。かつてタオルでぐるぐる巻きにされたあの姿とは訣別し、何分もかけずひょひょいと寸胴体型のできあがり。「紐でギュウギュウ縛る」から「ゴムベルトで程よく留める」へ、私の知らない便利でラクな着方を、次々にご指導いただく。これって、イイかも!
 長襦袢まで身に着けたら、いよいよ着物の出番。赤いの、紺色、肌色ピンク、お教室のみんなも、思い思いに持参した着物をまとってうれしそう。先生はそれぞれの着姿をチェックしながら、ダメ出しの連続。
 「身八口から手を入れて、モタモタをきちんとさせましょう」。ミヤツクチって、袖と身頃のつなぎ目の開いているところ。知らないワードにぴくんと反応してる間に、お稽古はタイムオーバーとなる。帯は来週に持ち越しだそうな。「家で練習しなきゃ」と心に誓う。

 私の青い紬は「ちょうど、今のあなたくらいの年頃に着てたのよ」と、料理屋を営むKさんからいただいたもの。夫に先立たれ、3人の子どもを育てるため再就職し、奮闘されていた頃だとか。1枚の着物に気合いが宿る。敬愛するKさんの生き方を着物と共に譲り受け、その潔さにあやかりたい。
 「ちゃんと着れるようになったら、ゆき丈を縫い直してもらったらいいわよ」と、先生が教えてくださった。


1回目  長襦袢の着方・補整の仕方


 「恋をするならフランス人と」と思っていた小娘の頃、着物を人に着せてもらうのではなく、いつかは自分で着ることができるようになりたいと思った。それから幾歳月‥‥ついに「きもの着方スクール」での、お稽古初日がやってきた。
 花柄模様の大風呂敷に指定された持参物を抱え、いざ、スクールへ。そして、お稽古が始まる。主催のNさん、講師・N先生。甘すぎずピリリとキレある大人の女性たち。「お稽古、よろしくお願い致します」。
 衣装敷、花嫁スリップ、コーリンベルト、和装ブラジャー、腰パット、えもん抜き、知らない単語がどしどし出てくる。いかに、これまで自分は「お人形」だったかを痛感。ひと通りそれぞれの役回りを教わり、あると便利な理由もお聞きする。
 「え〜、こんなに足りないの?」と一瞬よぎるも、「私はビギナー。プロに必要と言われるものは、すべて揃えよう。道具もなしに、お稽古は成立しない」と考えを補正。だって、平日午前中、しかも週末の金曜日に仕事を調整して通うのだもの。「3ヶ月で着方の習得」は自分への命題。
 同じクラスには、7月に海外に嫁ぐ女性も入っておられる。うらやましい。。。おばあちゃんになったら、私は毎日着物を着てしゃんしゃんと出歩こう。それまでは、年に着物の1枚や2枚、帯の2本や3本くらい、スイスイ自分で買えるよう、仕事に励もうと思う次第。
 来週のお稽古までに、半襟と衣紋抜きを長襦袢に縫い付けて持参する宿題をいただいた。お針仕事に励む私を、彼にも見せてあげたいよ。

2008年5月開校スクールにて
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